水の流れと時の流れと…


ふと気付けば初回パージェタからもう1週間が経つ。
書きとめておきたいこともあり、毎日(今日こそは…)と思うのだけど、結局無理なまま一日が過ぎて行く。
ほぼ日にも毎日の予定や出来事などを細やかに書いていたのだが、ここ10日余り白紙のまま。去年の今頃から年始にかけてと同じだ。
具合が悪くなると、読書どころか本当に寝てるだけ。もう眠くて眠くて…。
治療をしながらも元気に動けて、朝からバタバタで一日が早い!と感じるのと、ずっと寝て過ごして一日が暮れる…というのとではこうも違うものなんやな。
あっという間に一日が過ぎて行く。
どんなに忙しかろうが、たとえ嫌な事があったとしても、外に出て空を見上げ、風をうけ、移りゆく季節を感じ、木々の木漏れ日や鳥の声や道端に咲く小さな花を見る事が出来るということがどんなに幸せな事なのかと今更ながら思わずにはいられない。

ほぼ横になっている日々だったが、ありがたい事にいろんな事を感じることはまだ出来る。
今日は寝ながらこの近辺の川のことを調べていた。テレビやゲームには一切興味無いが、具合悪い時の寝たままiPadは本当にありがたい。…ってやっぱり矛盾?
まぁ、それはさておき。川の事に戻ります。
大きな川ではなく、住宅地を流れる小さな川の事。
それがなんと、偶然にも幼い頃、よく探検していた場所が写っており、もう一気にタイムスリップしてしまい…懐かしいを通り越して、その風景をまた見れた事が嬉しくて…。
今では舗装をし直して、細い川の上にはピッタリと蓋がしてあり、流れる清らかな水を見る事は出来ないが、でも確かに今でも蓋の下にはその流れが存在していて大きな流れへと合流し、やがては海に行き着くのだろう。
水の流れも、時の流れも、止む事はない。





さて。
パージェタ投与後の体調も少しずつ書いていこうと思いますが、投与当日の事までは前回の通り。
齋藤医院にも行けなかったので、土曜日にアミファーゲンをうちに行く。
娘は「パパと天竺鼠を見に(触りに)行く!」と言い、珍しくついて来なかったが、帰ってみるといじけたみたいになって布団にもぐっていた。出る時から機嫌はいまいちだったが。
夫に聞くと「知らねーよ、もういい、だって」と言う。
「りーちゃん、パン買って来たからママと神社で食べようか?」
と言ったら「うん!」と一気に起き上がった。
熱はあったが、いつもの神社に行って石の椅子に座って2人でパンを食べ小さいパックの牛乳を飲んだ。
「やっぱり外で食べたら美味しいねー」
「ねぇ、りーちゃんが小さい頃、よく2人でおにぎり持って滝の公園行ってたの憶えてる?」
「憶えてる!鯉にエサあげたり…。ねぇ、また行こうよー、絶対だょ!」
そして食べながらしばし神社の話に。
ママがりーちゃんくらいの頃、あの辺に小さい小山があって、その上で石とか葉っぱとかでままごとしてたとか、この大きな木たちはおばあちゃんが生まれるずーっと前からあっただろうね、とか、鳥居や石に刻んである字を見たりとか。
娘と話しながら私自身が昔の回想に浸ってもいるのだった。
記憶とはこうしてずっと語り継がれて行くものなのか…。と想いながら、そうであって欲しい…と願う自分がいた。



その後、夜から日曜日にかけても熱。
38°超えるとキツイ。
それから今日までは微熱ではあるものの続く腫瘍熱、鳩尾の張り感。と言うか「感」と言うより現に見るからにぽっこり張っている。
痛みも出て来ている。10mgから5mgに減らしていたオキシコンチンの量もまた増やすべきかな。
この治療が効く、効かないは別として、いろんな事を考え、実行して行かねばならない時が来ているのかも…。
明日は医大日だが、パージェタ投与は3週毎なので明日は採血のみ。この治療は骨髄抑制が酷いらしい。白血球激減していなけければいいが…。






少し外に出ない間に神社の銀杏の木が黄金色に…。


「どんぐりはまだちいちゃいね」









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