通夜祭・葬場祭

妻の葬儀は「神葬」でおこないました。一般的には仏教ですが、彼女の意向もあり病気が発覚してから毎日通い続けた日吉神社にお願いしました。

私の家は浄土真宗西本願寺なので先祖が眠る場所とはお別れとなります、私は次男、分家になりますのでそこにこだわることもないので将来的に家族全員が納まる場所を探せば問題はなし。二月後半病状悪化の際に神社に神葬は可能ですか?とお願いに行きました。一通りの流れ、作法を教えていただき、もしもの時はお願いしますと頼みました。退院後、自宅でそれとなく彼女に伝え了解も得て二週間後、神葬を執り行うこととなりました。

お経なし、線香なし、焼香なし、数珠なし、坊さんなし
日の本に生まれ出にし益人は神より出て神に入るなり(ひのもとにうまれいでにしますひとはかみよりいでてかみにいるなり)「祖先の神から命を受けた者は、やがて祖先の神の許へ帰っていく」

祭壇に玉串、酒、スルメ、鯛、野菜、米、塩、昆布、宮司さんが祝詞を読み上げ、玉串を奉げる。通夜祭、葬場祭、火葬場祭、帰家祭、四十九日ではなく五十日祭、次は百日祭、神道による葬儀はお祭り、大陸から伝来した仏教の嘆き悲しむとは違う世界観、日本古来の固有の葬儀方法。

上記画像は通夜祭後の夜中に撮影しました。
葬儀場(キャパ150名の会場)は自宅から歩いて行ける場所を選択、それもあってか、通夜祭のときは沢山の長男、次男、娘の同級生が参列してくれました、通常のお葬式とは違った神葬に驚いている様子でしたね。社会科見学気分の子もいたでしょう。どこかで見たことがある宮司さん・・もしかしてそこの神社の人?みたいな子もいました。通夜祭の時は会場に入りきれず控室も解放しての葬儀、祭の内容は厄払いを神社でやられた方はわかると思いますが、正にそれです。太鼓や笛はさすがにないですが

通夜祭で二百数十名、葬場祭で百数十名、お知らせは最小限にしていたのですが、沢山の方々に見送られ彼女は仏様ではなく神(守り神)に生まれ変わりました。

沢山の人に愛され慕われた彼女は今も我が家にいます。